すみかちゃんの心臓移植のため募金にご協力をお願いします。

経緯のご報告とご支援のお願い

澄花は、平成25年2月6日の午前2時38分、雪の舞う真夜中に産声をあげました。体重2965gの大きな声で泣く女の子でした。「澄んだ心を持ち、お花のようにふんわりと優しい女の子に育って欲しい」との願いを込めて、「澄花」と命名しました。
入院中は元気で母乳もよく飲み、特に異常を指摘されることもなく退院の運びとなりました。
ところが、母方の実家での穏やかな日々は長くは続きませんでした。
異変は生後12日目の夜、異常な泣き方から始まりました。抱っこをしても泣き止まず、途中から喘ぐような呼吸。翌朝、飲んだ母乳を多量に嘔吐しました。
明らかにおかしな様子に、近所の総合病院を受診。そのまま3次救命センターに救急搬送され、急性心不全と診断。集中治療が必要との事で、富山大学附属病院に救急搬送され、集中治療室に入室しました。
目前に起こっている事が全て嘘であって欲しい。ただひたすらそう思っていたことを鮮明に記憶しています。
その時初めて、心筋緻密化障害による心不全と診断されました。それが先天性の心疾患であること、今後、心不全を起こすたびに薬が段々と効かなくなり、いずれ心臓移植が必要になる場合もあると聞かされました。
その「薬が効かなくなる日」は、予想以上に早くやってきました。
初回の入院では症状が改善し、一旦退院できたものの、退院後一ヶ月で重症心不全に陥りました。集中治療室で人工呼吸器管理の下、薬剤による懸命な治療にあたっていただいたにも関わらず、重篤な状態が長く続きました。
澄花の心臓は、既に拡張型心筋症に移行しており、心臓移植を現実的に見据えた話を主治医から伺いました。現在、急速に進歩している再生医療にも望みを託しましたが、澄花は適応外でした。また、大阪大学医学部附属病院での、心臓移植を前提とした小児用補助人工心臓の装着についても、説明を受けました。
心臓移植はドナーのお子さんと御家族の善意によるものです。他の臓器と異なり、生体間では施行出来ません。そのため、澄花を救いたいという思いと、そのためにはドナーの出現を希望しなければならない…そうした相反する感情のなかで、私たちは苦しみました。
家族でも悩み、熟考を重ね、その結果、澄花に残された時間と可能性を考えたとき、次の治療が受けられる場所に身をおくこと、その時に受けられる最善の医療を受けるチャンスをつかむことが重要であると考えるに至り、大阪大学医学部附属病院への転院を決意しました。
大阪大学医学部附属病院への転院は、搬送によるストレスで状態が一時的に悪化することが予想されていました。澄花の体力や容体を鑑み、搬送時期は8月下旬と決まりました。この際、富大附属病院から医師3人が付き添い、救急車を自ら運転し、澄花を厳重な管理のもと搬送して下さいました。
しかし、搬送後の状態は著しく悪化し、集中治療室に入室しても悪化の一途を辿り、急遽、補助人工心臓の装着手術となりました。
補助人工心臓の装着後、澄花は今までにないほど元気に、そして穏やかに過ごしておりました。しかしながら、常に脳梗塞、血栓溶解剤投与による出血、様々な感染症など、死に直結する合併症を発症するリスクと常に隣合わせの状態でした。
2月3日の深夜、恐れていた合併症を引き起こし、澄花は生死の境をさまよいました。奇跡的に、明らかな後遺症は残らず、元気に回復してくれました。しかし、今も合併症を起こすリスクは高く、一刻も早い心臓移植が必要なことに変わりはありません。
このたび改めて、澄花には時間がないこと、澄花が生きていきたいと強く望んでいることが、本当によくわかりました。今までほとんどの時間を病室のベッドでしか過ごしたことのない澄花に、広い世界があることを教えてやりたいと強く願うようになりました。
平成22年7月には改正臓器移植法が施行され、国内でも15歳未満のドナーからの臓器提供が可能になりました。しかし、施行から現在まで6歳未満のドナーからの臓器提供は一例となっております。
国内での治療はほとんど望めないため、苦渋の選択でしたが、海外渡航移植に望みをかけることを決意致しました。先生方の御尽力により、ピッツバーグ小児病院から受け入れを受諾していただきました。
海外渡航移植には、莫大な費用が必要です。私たちだけでの努力では難しいことに、不甲斐なく申し訳ない気持ちでいっぱいです。
親の身勝手なお願いだということは承知しておりますが、澄花の命をつなぐために、皆様の温かいお力添えのほどよろしくお願い申し上げます。

長尾 正久・実香